昭和44年07月11日 夜の御理解



 殆どの人が苦しい事の、又は困った事の為に信心を始め。そして段々信心の有り難い事に気付かせてもろうて、また本当な事が分からしてもろうてい、わゆる真実ね、本当の事というのを分からしてもろうて、そしてその苦労も苦しい事も修行と受け、又はそれを有り難いと受けて行く事を教えてもらい。それを苦労を苦とせず、修行として有り難く受けられる稽古を、繰り返し繰り返しさして頂く内に、このまた有り難しというおかげが頂けて来る様になる。
 そこから本当の意味においての有り難し、本当信心しござったから、おかげ受けられたと言った様なおかげが、段々頂けて来る様になる。そこんところの私は基本的な信心が、しっかりだから出来てこなければ。今日久保山の茂さんが昼お届けを致しますのに、今度稔さんが、い間修行されましたがいよいよ今月の22日が、新宿でお寿司屋さんを開かれる、開店される運びになる。為にどうでもひとつお母さんに開店前に来て欲しい、と言う様な電話を受けたと言うので、今日その事のお礼のお届けがありました。
 そしてその今度電話が新設されるその電話が、こういう電話の番号が「359-9039」という電話番号だった。その神様はそのこういう自然の働きの中にも、こう物言うて下さるようにおかげを下さる。今私が皆さんに聞いてもろうたその事が全部、この番号の中にあるようですね。「359」とは「3」はお参りをするの「お参りをする」で。「5」というのはめぐりのこと。「5」というのは「行」と書く。その久保山のめぐりの為にお参りをさして頂いた。大変苦しい事であった。
 しかも苦しい事が長年修行が続いた。けれどもね「9039」と言う事は、その「9」「90」(く輪)と言う事でね、輪、輪、車の輪の「輪」又は平和の「和」とも頂いてもいいでしょう。「苦しいことは」と言う事になる。「苦は」「39」と言うのは勿論「有り難い」ですね。まぁ英語で言う有り難いというのが「39」ち「サンキュー」とね。苦はだからそれをを煎じ詰めますと、「苦は有り難し」と言う事になるね。だから「苦は有り難し」というところが分かるところからです。
 今までの苦は全てが、この有り難いおかげを頂く為の、全てであったということになって、有り難し有り難しというおかげになって来ると言う事なんですよね。これはもう全てのこと。例えばあのうここの何ですか。番地ね。ここの番地は合楽の「526」というわけ「526番地」なんですね。ここには「5」がもういつもこの付録になっておると。「5(行)付録」と書いてある。
 もうそれが付け物なんです。ここにはもうめぐりがどんどん集まってくるところ。それを受け切って行くというところに、教会の使命がある。だから私も頭が悪いから、数字的な来とはすぐ忘れるんだけれども、はぁ行付録、行付録と思っとるから、いつも家の番地だけは忘れんのですよ。そのようにね神様はもう、そう言う様な事の中からでも下さる。四神様はその事を「信心する者はよう心がけておけ」とね。
 流行り歌の文句の中からでも、子供の泣き声の中からでも、神が物言うて聞かすと仰るが。まさしくこう言う様な数字の上においてでもですね。そのおかげを下さる事が分かります。教えて下さる事が分かるですね。いよいよ東京のいわゆる新宿双葉寿司支店と言う事になるでしょうか。いよいよ今までの苦労は、「輪(和)」という「0」と言う事はもうなくなった。苦はなくなってそして有り難いと言う事だけになって行く様な、おかげにならなければなりませんね。
   どうぞ。